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封切りされた映画「沈まぬ太陽」への思い

 山崎豊子原作の映画「沈まぬ太陽」を早速みてきました。25日の朝、ラジオを聞いていたら、この映画の主演渡辺謙が、この映画にかけた熱い思いを紹介していて、この日が封切りだとわかりました。

 そして、午後3時ごろたまたま駅前の映画館近くを通たので思い切って飛び込んだら、ちょうど3時からの開演!ラッキーでした。封切り日にみたのも初めてですが、3時間半たっぷり見ごたえがありました。

 1999年6月に発刊された山崎豊子の原作本は5巻まであります。そのうち4巻までは読みましたが、最後の5巻だけ残っていました。今、映画のシーンを思い出しながら読んでいます。

 実は、日航ジャンボ機が群馬県の御巣鷹山に墜落した8月12日の1週間前くらいに、私の両親の面倒みるため同居することになり、私の家族は長野県から引っ越してきたばかりでした。

 その当時のさまざまな思いと重なって、私にとって日航機墜落事故は忘れられません。お盆の12日にこの事故が起き、歌手の坂本九さんを含め520人の命が奪われました。

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 今、鳩山政権が日本航空への公的資金の導入を検討していますが、日航のずさんな経営体質は、この原作にも描かれています。今年2月、福島空港から日航が撤退したのも、単なる原油高騰による影響というよりも、きっかけにすぎなかったのです。その点でも、この映画化はタイムリーです。

 今週の赤旗日曜版には、若松節朗監督へのインタビュー記事が掲載されています。赤旗もこの機会にどうぞご覧下さい。


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