代表質問で登壇/原発事故対応、イノベ中心の復興と水素エネは疑問、医療・介護改悪と国保広域化、子どもの貧困対策など

6/20~7/5の日程で6月県議会が始まっています。私は、22日に共産党県議団を代表し、代表質問(30分間)で登壇しました。

知事に対し、①安倍政権による憲法9条改定について、②避難解除後の市町村において共通する課題解決に、広域自治体として県の役割をどう果たすのか、この2点を質問。

原発事故対応では、第二原発の廃炉と全国の原発再稼働や海外輸出中止を国に求めること。賠償や除染対策。特に、除染事業をめぐる不正事件が相次ぎ、元請けの準大手の安藤ハザマの不正問題を追及。県労連にも相談があった除染作業員への労災適用や健康管理対策を求めました。

県の復興の在り方については、5月に福島特措法を改定し国家プロジェクトに位置づけた「イノベーション・コースト構想」が、浜通りの真の復興につながるのかと質問。また、国の「新エネ社会構想」を受けて、エコでクリーンなエネルギーとして本県も水素エネルギーを推進するとしていますが、環境面、安全性、経済性などに課題があると指摘し、県自身が検証すべきと求めました。

避難解除後の課題について知事に質すとともに、富岡町のように、すぐに帰還を判断できない避難者には、「第3の道」も選択できるよう県が支援すること。浜通り地方の医療・介護体制の支援と、深刻な人材不足に県独自の処遇加算をと求め続け、今回ようやく国の交付金で人材確保にも活用していくと答弁。

来年4月から、国保事業が市町村から県に移管されます。非正規雇用者や年金者の加入が多くなり、滞納世帯も増加していることを示し、一般会計からの繰り入れなど、市町村が独自に実施している国保税の減免・軽減策を尊重すること、国庫負担分を増やすよう求めました。

子どもの貧困の県の実態調査結果がようやく公表され、また新婦人県本部も県内の放課後児童クラブを通じて実施した「子育てアンケート」結果も公表されたばかりです。どちらも教育費や子育ての経済的負担の軽減を求めていることを紹介し、県の対応を求めました。

文科省が「通知」を出した要保護世帯(生活保護世帯)とそれに準ずる世帯への、「要保護児童生徒援助補助金」の改正がありました。これは、来年度の小中学校の入学生から、入学準備金が2倍になり、しかも入学前の支給が可能となりました。学校を通じて保護者にきちんと周知徹底するよう求めました。

1学年3学級以下を統廃合の対象とする「県立高校改革プラン」の答申が出されました。県教育員会は、これにも続き今後高校の統廃合をすすめる方針です。その際、保護者や地域の合意のないまま、画一的に進めないようにと求めました。

 


6月県議会に関する知事申し入れ/東電再建計画、福島特措法の改定、医療・介護の大改悪と国保事業の県移管など

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1日、県議会の6月県議会に関する知事申し入れを行いました。6月定例県議会は、6/20~7/5の日程で行われる予定です。

きょうの申し入れは、➀安倍暴走政治から県民の暮らしを守る県政、②「原発ゼロ」ー福島切り捨てを許さず県民に寄り添った復興、③避難指示解除と被災者支援、④避難区域のイノベ構想と拠点整備、⑤医療、介護、子育て支援、⑥格差と貧困解消、⑦教育問題、⑧商工業、農林水産業の振興、⑨鉄道など公共交通網の再構築、➉県職員、教職員の労働環境の改善など10項目です。

知事には、戦後70年の今年、安倍政権による憲法9条改憲策動や、思想・良心の自由などを脅かす「共謀罪」法案に反対する姿勢を明確に打ち出すよう求めました。

また、今村復興大臣の暴言、全国の原発再稼働とインドへの原発輸出中止を求めたほか、5/10日の「東電の再建計画」(新々総合特別計画)は、再稼動が前提の再建計画で、第2原発や柏崎刈羽原発を再稼動は認められないと指摘。さらに、5/17施行した「原子力損害倍賞・廃炉等支援機構法」の改定で、加害者の東電を救済するため、国民に際限ない負担増をしないよう、国に求めよと指摘。

5/19に「改定福島特措法」は、県から国に要請し、帰還困難区域への拠点整備やイノベーション・コースト構想が国家プロジェクトに位置付けられました。しかし、そもそも福島特措法は、「安心して暮らせ、子どもを生み育てる環境の実現」を理念に掲げているのです。

そして、安倍政権の下ですすめられている来年度からの医療・介護の大改悪です。2018年度の実施に向け、今年度は県が医療・介護の削減計画づくりと、国保事業も市町村から県に移管されます。市町村の納付基準額の試算を県が示すことになりますが、押し付けたり、国保税の大幅引き上げとならないよう市町村の軽減策を認めるよう求めました。

いずれの問題も、県が広域自治体として県民の命や暮らしを守るため、広域自治体として役割を果たすべきと、知事に申し入れました。


元県議の長谷部あつしさん、闘病中でしたが57歳で他界、本当に残念で悔しい!

日本共産党の元県議長谷部淳さん(57歳)が、18日午後3時42分死去しました。がんの闘病中でした。治療でいずれ回復して帰ってこられるのではないかと思っていたので、本当残念です。信じられない思いです。

長谷部さんは、県議を2期務めました。2003年4月の県議選で、小名浜生協病院の事務長をやめ、伊東達也県議の議席を見事引き継ぎました。

しかし、党県議団は交渉会派の5人から一気に2人の県議団に。私は、2期目に当選したばかりで団長となりました。この2人の時代は、他党や県当局との対応など最も大変で、長谷部さんにとっても苦労した4年間だったと思います。

もちろん、多くの党内外の支えあったのでなんとか乗り切りましたが、新人とはいえ、理論派の長谷部さんだからこそと思っています。

次の県議選で、いわきは長谷部さんと宮川さんの2人に挑戦しましたが、現職の長谷部さんが及ばず落選。そして、東日本大震災・原発事故が発生した2011年11月の県議選で返り咲いたのです。しかし、任期途中に発病し、2015年11月の県議選は告示1ヶ月前に立候補を断念。吉田英策さんに議席が引き継がれ、現在の5人の県議団になっています。

原発問題の長谷部県議の論戦では、2012年12月県議会で、事故は「人災だった」と前知事の答弁を引き出したことは、原発事故から6年が経過する今、自民党が「天災」だったと認識を後退させている中で、大変重要な論戦でした。

もっと活躍してほしかった。本当に残念で悔しい思いです。


共産党県議団~今村復興大臣の「自己責任」発言に抗議し、辞任を求める文書を送付

今村雅弘復興大臣は、4日の記者会見で原発事故に伴う自主避難者への住宅無償提供の打ち切りへの国の対応を問われ、「どうするかは本人の問題」「裁判でも何でもやればいい」などと、原発事故を起した国の責任を放棄し、「避難したのは自己責任」との暴言をはきました。

今村復興大臣は、「自己責任はまずかった」と述べましたが、原発事故への国の反省はありません。8日に福島県を安倍首相と訪れた際、内堀知事に謝罪したとのことですが、県民に謝罪したわけでもありません。わた

10日、共産党県議団は、今村雅弘復興大臣の発言に抗議し、県民への謝罪と大臣の辞任求める文書を今村復興大臣あてに送付しました。

 

 


開成山公園南の「種橋桜」~持ち主の種橋さん、開花をみて永眠

開成山公園南の県道沿いにきれいな枝垂れ桜「種橋桜」が今年も開花しました。郡山市内で一番早く咲く桜です。その開花を待っていたかのように、持ち主の種橋清子さんが91歳の生涯を閉じました。10日の告別式に参列しました。

この種橋桜は、県道歩道拡幅の際、いったんは「切る」という判断があったのですが、やめてほしいと種橋さんの友人と一緒に私も県中建設事務所に要請に行き、検討の結果、存続となった桜でした。

母が最後にこの桜の開花を見てから亡くなったことは幸せだったと思うと、喪主の息子さんの言葉に救われた思いです。桜の季節の観光名所、「種橋桜」をこれからも見守っていきたいと思います。

午後は、県立郡山高校の入学式へ。県議会を代表し、議長の祝辞を代読しました。


前進座「怒る富士」と原発被災の福島県民

3/31、郡山市民文化センターで前進座が「怒(いか)る富士」を上演しました。この作品は、新田次郎の原作です。宝永山が噴火して富士山麓の村々が灰に埋もれ、時の幕府は廃村とし、棄民政策をとるのですが、それにあえぐ農民たちと、彼らを守ろうと命を懸した関東郡代・伊奈半左エ門との物語です。

私は、以前にも前進座のこの作品を国立劇場で観劇しています。しかし、今回ほど伊奈半左エ門が直訴した時代と、今まさに福島県民に現実に起きているとぴったり重なっていると感じたことはありません。

上演された3/31は、広野・川内村や県外の自主避難者への住宅提供が打ち切られた日であり、大熊町・双葉町を含む帰還困難区域を除いてすべての避難区域が解除された日です。飯舘村、川俣町山木屋地区、浪江町は3月末に、富岡町が4/1に解除されました。しかし、住民説明会では「時期尚早」との声が上がっていました。安倍自公政権は、原発事故から丸6年を経過したことをもって「福島県民切り捨て」を実行したのです。

伊奈半左エ門が幕府に直訴する場面は、私の2月県議会の総括質問を思い出しました。伊奈半左エ門も訴えていましたが、私も仮設住宅の打ち切りは、決して強制的な退去としないよう、人道的な対処をと県に強く求めたばかりでした。その一方で、県は国と一体になって、復興の名の下、「イノベーション・コースト構想」で約700億円を新年度予算に計上。研究拠点の各施設整備費にも多額の国費が投入されました。これらの金額を明示させ、県の姿勢を追及しました。

ところで、2月県議会で自民党は、代表質問で原発事故は「天災だった」との所信を述べたのです。しかし、2012年12月県議会で、前佐藤雄平知事は「今回の福島原発事故は、人災だった」との認識を答弁しています。私たち共産党は事故前から地震・津波対策を何度も国・東電に申し入れていたこと、前知事のこの答弁を指摘し、自民党の認識の後退を厳しく批判しました。7年目に入る福島の自民党の姿です。


郡山の川内村と富岡町の仮設住宅を党救援ボランティアメンバーと訪問

3月末で仮設住宅を退去させられた川内村の避難者が、実際はどうなっているか、郡山市内にある川内村と富田町の3ヶ所の仮設住宅を党救援ボランティアセンターのメンバーと訪問しました。

川内村のそれぞれの仮設住宅では、この日引っ越し作業をしている方が何人かいました。電気・ガス・水道が4月に入るとすぐに打ち切れるとの話が出ていたので心配でしたが、県議団の緊急要望で指摘していたこともあってか、県は非人道的な対応をとらなかったようです。ホッとしました。

しかし、帰還してからの生活の方が心配です。高齢者だけが村に帰っていくのですから、さまざまなことが心配されます。今後も支援が必要になってくると思っています。

 


郡山駅東口に念願のエスカレーターとエレベーターが設置され、本日開通式

30日、郡山駅東口に、10年越しで要望されていた念願のエスカレーターとエレベーターが設置されました。きょうは、その開通式でした。

東部地域のみなさんは、これまで駅の長い階段を苦労して使用していました。特に、高齢者や車イスの障がい者、ベビーカーのママにとっては大変不便でした。旅行に出かける方も、キャリーバッグを手で持って階段を登らねばなりませんでした。

共産党市議団の市民アンケートには、必ず要望事項に上がっていたもので、党市議団は市議会で度々この問題を取り上げてきました。

きょうの式典では、品川市長の挨拶、事業部長の概要説明、知事の代理で県土木部参事が挨拶。自民党の根本匠衆院議員は、社会資本整備交付金の国庫補助がついたのは、アベノミクスのお蔭だなどと挨拶で述べていましたが、そもそもJR東日本が自ら整備すべきものを地元の郡山市がようやく決断したからです。市長にとっても4月の市長選を前にになんとか間に合ったというところでしょう。

とはいえ、東部地域のみなさんにとっては、大変使い勝手がよくなります。西口とも連絡通路で行き来がしやすくなります。

また、式典では、東口広場や樹木の清掃や草取りを毎月続けている市東部婦人会に感謝状が送られました。写真は、そのみなさんと一緒です。

 

 


自主避難者への住宅提供の強制退去はしないよう県へ緊急申し入れ

22日、県議団は、3月31日に迫っている自主避難者への住宅無償提供を強制的に退去を迫ることをせず、人道的な立場で対応すること、避難市町村に対しても周知徹底を図り、必要な支援を行うよう求めました。

避難地域復興局の成田局長が申し入れ書を受けとりました。


川内村仮設住宅のみなさんの“卒業式”~退去が迫る中切実な要望も

18日午前、郡山の仮設住宅のみなさんは、今月31日の退去、26日引っ越しを前に“卒業式”を行いました。

共産党の熊谷智県常任委員と党救援ボランティアセンターのメンバーと一緒に参加しました。各NPO団体の支援団体の皆さんも一緒で、それぞれの関わり毎に記念撮影もしました。

支援者らからの挨拶のあと、みんなでおにぎりなどで食事会。その合間に1人ずつ挨拶していると中には入院していたけど、引っ越しがあるからと退院したばかりという方が2人も。どちらも1人ぐらしです。そのうちの1人は、通院のことがあるので、村に戻らず孫のところに急きょ同居させてもらうことにしたとのこと。

また、別の女性の方は、引っ越しの宅急便が業者の都合で4月2日しか予約できないとされたが、どうすればよいかと相談も。仮設住宅は4月1日で水道や電気、ガスが止められるとのこと。さっそく、連休明けにも県に聞いてみることにしました。