東部ニュータウンの朝市、今年もオープン

 5/20先週の日曜日、今年も東部ニュータウンの朝市がオープンしました。朝5時45分に開会式を行ない、私も来賓として挨拶させていただきました。

 

 6時にオープンすると、中田町と田村町の農家のみなさんが出荷した野菜のコーナーに、緑ヶ丘町内のみなさんが次々と新鮮な野菜を買い求め大変なにぎわいでしたが、私が各農家の方々と話をしながら一巡りするうちにほとんど売り切れました。

 昨年の原発事故の放射能汚染で野菜は大丈夫かと心配です。4/1から基準値が500から100ベクレル以下となりました。県ではようやく自家製野菜も測れるようにと県内の公民館数分の約500台の簡易分析器を設置します。

 放射能にしきい値はないので、子どもには丈夫かという考えがあれば無理強いはできないと思います。安全だけでは受け入れられないのが現実で、安全プラス安心をえられるよう、さまざまな手立てを尽くすのが行政の役割です。

 

 私にも娘がいるので考えながらも、たくさんの野菜を買い求めました。この朝市は12月までの毎週日曜日に開催されます。


郡山商工会議所議員セミナー~復興庁の阪本氏「ふるさとの復興に向けて」講演

 
【講演する阪本氏。手前は丹治一朗会頭】

28日、郡山商工会議所は、通常議員総会と議員セミナーを開き、復興庁の阪本克彦氏の講演会を開催。多くの議員や会員、市民が参加しました。

 阪本氏は、復興庁が設置された意義や目的、被災3県の現状、福島の復興再生特別措置法の特徴などについて詳しく説明。復興庁に対する批判の声をよくわかっているらしく、それをふまえての講演内容でした。

 原発事故を受けた福島県のための特別の法律がつくられたものであり、これからも福島県民からの提案を盛り込むことができるので具体的に提案もしてほしいとのことです。ぜひ、みんなでいろいろ国へ求めていきましょう。

 会場からの質問では、菊池郡山医師会長が子どもたちを守るために、教育と子どもの成長に必要な屋内運動場や遊び場の設置などを真剣に検討してほしいと発言。

 私もそれを受けて、県外にも県内にも自主避難している子どもたちが今も多くいること。被災3県といっても岩手・宮城と福島県は全く違い、これから復興に向かう状態であることをふまえてほしいと訴えました。

 郡山商工会議所は、昨年駅前で原発廃炉市民大会を開き、国や東電にもはっきりものを言っています。今回のセミナーも幅広い市民に呼びかけたようです。復興庁の担当者を呼んでの講演会はタイムリーでした。

 復興再生交付金の本県配分が当初予定より削減されていましたが、 このほど見直しして交付金が増額されることになったばかり。もしかしたら、今回の企画が効を奏したのかもしれません。


県がふくしまっ子体験活動支援事業を拡充~商労文教委員会で公表

 28日、商労文教委員会が召集され、県教委の「ふくしまっ子体験活動支援事業」が一部拡充されることになりました。

 この事業は、放射能から子どもたちを少しでも低減させようと、県内の線量の低い地域へ宿泊するなどの活動へ県が助成するものです。昨年7月から実施していますが、学校やPTAなどが主催するものであれば活用できます。

 今年度は、宿泊を伴う夏休みと冬休みの体験活動に限定しています。当初予算で1人当たり5000円を上限に宿泊費用を助成しますが、これに加えて、4月から高速道路の有料化にともなう交通費負担を軽減するため、1人当たり2000円を上乗せし、計7000円を上限に補助しようとするものことをきょうの委員会で明らかにしました。

 2月予算の審議でもこの事業の拡充を求める質問が多くあったこと、教育長も交代したこともあっての今回の見直しのようです。見直したことは評価できますが、予算の増額について質問すると、夏休みの利用状況をみてから冬休みの分の増額補正を考えているとの回答でした。

 18歳以下の県内の子どもの避難は、今年4/1時点で県外・県内とも合わせて約3万人となっています。除染もすすまない中で、長期休業中だけと制限せず、週末も利用できるようにするなど、今後も柔軟な見直しが求められます。


佐藤栄佐久氏と高橋哲哉氏公開対談~原発廃炉・暮らしと健康を守る郡山市民の会

 

 27日、福島県出身の佐藤栄佐久前知事と哲学者・東大大学院教授との公開対談が郡山女子大建学記念講堂で開かれました。名木昭さんが会を代表して挨拶されたあと、「明日の福島を見据えて~生命を育む故郷の原発犠牲は許せない~」のテーマで、お二人が縦横に対談しました。

 お二人とも故郷は福島県ですからそれが原発事故で失われてしまった思い、原発を推進してきた国へ厳しい批判を口にしながら、この国のあり方はどうあるべきかなど・・・。原発の再稼動は認められないとはっきり述べています。

 高橋氏は「犠牲のシステム 福島・沖縄」の著書でも述べているように、福島の犠牲のシステムは沖縄と同じといいます。この点は私も同感です。栄佐久氏も、沖縄タイムスのインタビューに応えたことを紹介。

 

 

 川内村の遠藤雄幸村長が、来賓挨拶をされました。帰還宣言をいち早く行なった川内村は、「帰還を強制ではなく、戻りたい人が戻れるよう、それにはまず役場機能からと今年3月末で郡山の避難所から戻りました」と述べ、現在の川内村のようすを話されました。


商労文教委員会2回目の県内視察

 21~23日は、商労文教委員会の今年2回目の県内視察で、いわき方面と会津方面へ行ってきました。

 教育関係では、いわき養護学校の過密化の現状といわき明星大学を借りている双葉地方の県立3校(双葉・富岡・双葉翔陽)のサテライト校。会津坂下町立学校給食センターで学校給食の放射線測定の状況を。 会津若松市にある県立博物館で漆の芸術祭などの取り組み、白河の小峰城跡では昨年の震災で受けた石垣の被災復旧対策を調査。


【1つの教室をパーテーションで区切って2クラス入っています】

 
【いわき明星大学の実験棟を借りているので、教室にしては狭い。3つの県立高校が入り乱れて使用しています】 


父の米寿のお祝い~多くのみなさんに感謝します!

 
       【姉がお祝いにと炊いてくれたお赤飯】

 20日は、私の父の米寿のお祝い会を市内の温泉でしました。父は7月の誕生日で88歳になります。これまで忙しさに紛れてこうした父のお祝いを逃してきましたが、夫に言われてお祝い会をとなった次第です。
 

 孫やひ孫に囲まれて父はとても喜んでくれましたが、父の人生で一番大きな出来事は、先の戦争でシベリアに抑留されたことです。20歳そこそこで徴兵され、終戦後3年もたってから帰国。その後、亡き母と結婚しました。ですから、父はいつも戦争体験の話になってしまいます。


           【ひ孫の私の孫と】

 2年前に母が84歳で亡くなって寂しいようですが、今は家の周りを草刈り機できれいにしています。さすがに最近では腰が痛いといっていますが。お風呂炊きも父の仕事です。わが家は薪で沸かしていますので。でも、太陽熱を利用したり、いつでも灯油にきりかえられるように準備だけはしています。
  
 ともあれ、88歳まで長生きできたのもたくさんのみなさんの支えがあってこそです。この場を借りて深くお礼と感謝を申し上げます。


デンマークやドイツのように、自分たちで興そう再生可能エネルギー

19日、県革新懇、福島自治体問題研究所、ふくしま復興共同センター主催の第4回原発問題連続学習会が郡山で開催されました。

今回は、「脱原発、再生可能エネルギー中心の社会へ」~市民や自治体の役割を考える~のテーマで、日本環境学会会長の和田武さんが講演されました。

京都議定書が策定され、先進国が地球温暖化体対策に向かう中で、90年代以降の日本は逆に原発を推進してきたこと。

 再可能自然エネルギーを自分たちで起こしてしまったデンマークやドイツの市民の取り組みを聞いて、福島県でも実際に地域で始めることが必要だと感じました。
 しかも、昨年夏にわが国もようやく電力の買取制度ができたというのですから、この利点を生かし本県でも一気にすすむはずです。


全盲の障がい者にも点字での県職員受験の門戸を

きょう、県視覚障がい者団体の役員の方から要望がありました。福島出身の大阪の大学生が、県職員の受験をしようと思ったら、福島県は点字試験が認められていないことにショックを受けた、という新聞・マスコミ投書があったことに関してのものです。

この方の調査によれば、東北で点字試験を認めていないのは福島県だけとのこと。しかも全国でも少数派のようです。本県は、障がい者採用に関しては他県より早く進んでいたそうですが、点字受験は認めてこなかったので、団体として以前に県へ要望していたそうです。しかし、実際には受験者がいなかったことから、改善されないまま今日に至っています。

この大学4年生は、大学で福祉を学んだことを生かして「障がい者も暮しやすい県になるよう貢献したい」、「昨年の大震災と原発事故で県民が苦しんでいる。県民が安心し、安全な暮らしを支えたい」と考えており、今年1月初旬には、県知事宛に点字試験の実施の要望書を提出し、その後も県と話合いを続けているようです。

震災・原発事故を受けた福島県が、障がい者の受験の点字受験を認めていないというのは恥ずかしいことです。しかも、こんな災害を受けた時だからこそ、障がい者の立場での政策が必要です。

障がい者への点字受験を認め、大きく門戸を開く時です。今回の件をふまえ、県議団としても早急な改善を県に求めたいと思います。


わが家の田植え

 17日は、わが家の田植えでした。夫がほとんど田植機で植えていき、娘と私は苗箱を運んだりして補佐役です。わが家は5反部くらいの作付けなので苗箱で約50枚程度、朝から夜まで1日かかかって終わりました。

夫は昨年定年を迎えましたが、引き続き同じ職場に勤務しており、この日は田植えのために会社を休みました。娘と3人での作業ですが、私は来客の応対や食事づくりなどで娘の半分くらいしかできませんでした。

  午後から雷雨に見舞われて上下とも泥だらけに。夫が一番大変でした。1日中田んぼを歩き通しの上、雨でゴム長靴の中ででぐっしょりでした。せめて夫の好きなものをと、食事や甘いおやつを用意しました。ご苦労様、感謝してまーす!