塩川哲也衆院議員、赤嶺政賢衆院議員が浪江町長、川内村と懇談                                                国はテレビ辞令?                                                   

 29日、塩川鉄也党衆院議員が赤嶺政賢衆院議員とともに、役場ごと移動している浪江町や富岡町・川内町の仮役場を訪ね懇談しました。私と馬場町議、二本松の3人の市議団が同席しました。

  二本松市東和支所に移動している浪江町の仮役場では、馬場町長、副町長、議長らと懇談。避難当時のようす、役場ごと移動したことに伴う困難、住民サービスの状況、国や東電の派遣状況などをお聞きしました。

 この部屋で町長ら3役が寝泊りし、職員と一緒に朝は早くから夜遅くまで対策にあたってきたこと。町長はじめみんな血圧が上がり、副町長はついにダウンし先日入院したばかり。倒れた職員も数人出ていると。

  ところで、塩川衆院議員は、原災法では原子力災害合同協議会を開き、そこに被災市町村も参加することになっているが要請はされたかと尋ねると、「国から会議に呼ばれたことは一度もない。浪江町の『計画的避難区域指定』でさえ、町へ事前連絡もなくテレビの官房長官の会見で知った。“テレビ辞令”かと思っている」と・・・。

今後の仮設住宅や民間借り上げ住宅についての見通しについては、仮設住宅は用地をどこに確保するかが課題になっているようです。あまり市街地からはずれず、畑地などの民間の土地を借りられないかなどで意見交換しました。

 

 二本松市内の避難所をたずねました。ここは、洗濯機2台とシャワールームが外にあり、洗濯物が春風にゆれていました。

   

    【二本松市内の避難所で浪江町民の要望を聞く馬場町議と、塩川・赤嶺議員ら】

【要望を聞く赤嶺衆院議員と】

 郡山市内のビッグパレットでは、川内村の副村長さん、住民課長さんと懇談。冨岡町はちょうど会合のためあいにく留守でした。高橋・岩崎市議も同席し懇談。 


萱の葺き替え、菜の花畑の春

 29日の朝、塩川鉄也衆院議員の調査に同行するため福島市に向かうと、連休初日ということもあり高速走路は他県ナンバー車でいっぱい。渋滞が始まっていました。

 

 渋滞をさけて松川スマートインターチェンジを出て山越えで福島市内へ向かいました。途中最近ではめずらしい萱葺き作業をしているところに出くわし、思わず車を止めてパチリ。

 さらに行くと、黄色の菜の花畑。ここでは車を降りてしばし春のにおいを満喫。


市内の倒壊マンション、さらに傾いて

 郡山市内でも地震被害を受けた家屋が、まだまだ手付かずのままです。このマンションは、麓山通りにある岸本精肉店が入っていたビル。1階部分は、完全につぶれています。この間にだんだん南側に傾いているような気がします。


母校の県立高校も地震で被災

  市内の県立高校も地震被害を受けました。あらためて私の母校県立郡山東高校を訪ね、校長先生の案内で中をみせていただきました。北と南の2つの校舎をつなぐ廊下の柱には、大きな×印の亀裂が・・・。激しい揺れで両方から押され、亀裂が生じたのでしょうか。

  第1体育館は天井が被災し、足場を組んで工事が始まっていました。

 1年生8クラスは、校舎が使用できず第2体育館でパーテーションで区切って授業を開始。「先生の声が聞き取り取りにくいし、黒板の字もみえにくい」とちょうどこの教室にいた生徒さんが言っていました。

 2~3年生は、使える校舎で授業を開始。仮校舎を建てる予定で土台ができたところですが、資材不足で工事を開始できないでいること。 

 また、体育館も仮校舎も、これから梅雨時期と夏場を迎えるためクーラーの設置を要望中とのこと。

    【グランドの左向こうが仮校舎の建設予定地】

 郡山東高校は、実は今年度耐震化工事を行なう予定だったそうです。しかし、この際大規模改修工事に切り替える必要があるのではないでしょうか。

 現校舎は、私の高校時代に新築された30数年もたつ校舎です。私の高校生活は改築工事の3年間だったことを思い出しました。改築の時期がきているのは確かです。 

 同様に、県立安積黎明高校の地震被害はもっとひどく、2つの体育館に全学年が移動させて授業をしていると聞きました。こちらも大規模改修工事は免れないようです。

 ところで、東高校の放射能数値はどれくらいか。先生が持っていた文科省支給の「はかるくん」で測定すると地上50cmの高さで0.97マイクロシーベルト、地面に近くになるにつれて数値があがるのがわかります。外での部活動は震災後久しぶりとのこと。

 屋外運動についても今後どうすべか課題の1つのようです。例年だと5月中旬にはプールの水を貯め始めますが、今年はどうするのか、部活の練習試合などを行なうにはバス台などの遠征費用がさかみそうだとも。いずれも例年にない県の支援が必要です。

 


郡山市内の小学校が校庭の表土を除去                                                 市内のマンションや高校も地震被災

 郡山市は27日、小学校内の放射線量が文科省が示した3.8マイクロシーベルトの暫定基準を超えている市立薫小学校校庭の表土を削る作業を実施しました。

 全国からも注目されたこの措置はマスコミでも報道されましたが、私も28日にこの小学校訪問してきました。表土を削ったことで放射線値はぐんと数値が下がったとのことです。

 

 問題は、放射を含んだ土の処理です。校庭の隅に穴を掘って埋めておく方法がよいというのが識者の意見です。

 すでに、学校の放射能汚染対策については、党県対策本部の第14次申し入れでも土壌の入れ替えなどを要望していますし、新婦人県本部も県教委へ要望(今週の赤旗日曜版合併号で紹介)しています。

 さらに、新婦人の要望もあって、学校だけでなく今後、県は児童相談所などを含めて学童保育所での測定することを公表しました。


県議会の災害対策本部会議で知事と県に質問                                                                       知事を先頭に、原発事故に起因する全ての補償を国と東電へ

 27日は、県議会の災害対策本部全議員会議が開催されました。全県議が集まっての会議は、震災・原発事故発生後初めてです。

 私たち共産党の持ち時間は10分間。宮川県議と5分間ずつ質問しました。私は、まず知事に東電事故は「人災」か、第一原発も第二原発も「廃炉」すべきと思うかと、知事の見解を質しました。知事は、「再稼動はありえない」と答弁。

 さらに、30km圏などで線引きをせず「原発による被害の全面補償を」と、4/3に国に要望した知事の姿勢を評価しました。

 その上で、県自身が避難所や義援金の支給が30km圏で支給を区別しているのは矛盾ではないかと質問。県は、義援金などを急ぎ対応するため、浜通りからの避難者から実施したと言い訳ともとれるような答弁でしたが、知事と同じ立場で対応するよう再度求めました。

 さらに、30kmで線引きするとなれば、今後の東電との賠償問題にもつながってくることを指摘。茨城県では今回、JCO事故時の賠償を反省して、県が窓口になって団体・個人とわず損害の取りまとめをし、県の協議会も立ち上げたことを紹介し、本県も同様の体制をとるよう求めました。

 須賀川市の農民が原発風評被害を苦に自殺、飯舘村でも全村民避難区域の指示が出たあと102歳の高齢者が自殺していることも述べて、県が線引きするとすれば知事の姿勢と矛盾することになると訴えると、他会派からも「そうだ」と応援の声がありました。

 県の窓口の設置については、他党からも質問もありました。また、国の損害賠償紛争審査会には、県民代表や農業者、事業所の代表者が入っていないため、国へ要請をと質問しましたが、今後の課題となりそうです。

 松本副知事は、この紛争審査会にメンバーとして出席することを表明し、28日の会議にも参加することを明らかにしました。

 

  宮川県議からも他党議員からも質問があったのは、自主的にすでに避難している人への民間アパートなどへの家賃補助についてです。

 宮川県議は、遡っての対応も求めましたが、県は5/1から対応するとの冷たい答弁を繰り返すばかり。他党からもブーイングがでました。

 国からも柔軟対応をという指示があるのに、土木部長の認識がそうなっていないようです。この点については、市町村からも公平に扱ってほしいという要望が出ているので、私たちも引き続き求めていきます。

 

 双葉町議会の要望を受けました。ようやく、私たちの控室も地震被害で時計塔の取り壊し工事のため使用できませんでしたが、ようやく昨日引越しし戻ってきたばかりです。


避難所訪問を続けて                                           あづま総合体育館へ、スクリーニングも体験

 このところ、県内の避難所の実態をあらためてつかもうと、避難所訪問を続けています。

 24日は、福島市のあづま総合体育館と郡山市内の県林業研究センター、26日には市内の県立郡山養護学校の避難所を訪ねました。

  あづま総合体育館では、秋元理事長に浪江の馬場町議とともに実状をうかがいました。避難住民は2次避難所などへの移動もあって浜通りから現在700名とのこと。それでも多数です。洗濯機もちょうどこの日から10台設置されたそうです。

  アリーナや体育館で住民の方に話を伺うと、困っているのはペットのこと。敷地内でペットのスペースをつくってほしい。20km圏内に残してきているペットもなんとか保護してほしい。子どもの夜勉強するスペースも要望され、さっそく秋元理事長に伝えて対応をお願いしました。喘息をもっている浪江町の高校生については、馬場町議が相談にのりました。

 入り口で、私も初めてスクリーニングを受けてみました。応援にきているのは、北電(北海道電力)社員でした。

【靴の裏までみます。通常の数値でした】【馬場議員もOKでした】

 郡山市内の林業研究センターには、私の親戚が富岡町から避難していました。彼の紹介で双民商の会員さんとも話ができましたが、県や町からの最新の情報がもっとほしいと要望されました。

 副所長さんから話を伺うと、浜通りから34名ほどの避難者がいること。食事は最初からあたたかいものを提供できているが、洗濯機は1台しかないこと。電源容量が小さいため台数を増やしたくともできない状態です。

 お風呂は近くのバーデンホテルやなりた温泉に入れるが、料金が無料だったり200円~300円とかかったりでまちまちであること。

 いずれにしても、義援金や見舞金の仮払いが避難している住民に未だ支払われていないため、手持ちのお金がないのは切実だと訴えられました。

  郡山養護学校では、校長先生から話を伺いました。養護学校では250人とのこと。ちょうど夕飯時で、ここは自衛隊のご飯と味噌汁の炊き出しがあるのであたたかい食事が提供されていました。この日は、竹の子ご飯。おかずは、自分たちで調理したキャベツなど野菜のあえものが添えられておいそうでした。ここも食事は、最初からあたたかいものが提供されていました。

 いわきの海岸沿いから避難した小学2年生の女の子がいる若いお母さんは、家は無事だったけれど周辺はみな津波被害を受けたので、自宅へ行くには大変な状態。小学校もダメになったので郡山市内の学校へ転校させた。でも、最初は学用品など何もないので困り、学校にお願いして用意してもらったそうです。葛尾村の方は20才の障害者抱えている方から話をうかがいました。


すでに自主避難し民間アパート等を借りている方も災害家賃補助の対象です!                                                   党が第15次の申し入れ

 県災害対策部へ党の第15次申し入れをしました。私と藤川県議、宮本しづえ党県副委員長の3人で行ない、佐藤災害対策本部長と荒竹次長が応対しました。

 今回は、①借り上げ住宅に関する要望、 ②原発事故損害紛争審査会に関する国への要望事項、③1次避難所での生活条件の改善、④2次避難所でも洗濯できるよう旅館等への支援、⑤原発事故被害の中小企業への支援を30kmで線引きしないこと

 ⑤学童保育所も放射測定を対象に加えること、⑦原発から30kmでも市町村が支援する場合は県も同様の扱いをすること、⑧被災者へ学用品等の就学援助が受けられるなどの国の特例措置を学校現場に徹底すること。教員を減らさず新規採用を予定どおり行なうことなど、以上の8項目について申し入れました。

 この中で、民間住宅の借り上げについては、すでに自主的に民間住宅を借りて避難している方も、これから民間住宅を申し込む方も同様に扱うとしていたことが判明しました!

  すでに、県は4/13付けでこの方針を発表しているとのことでしたが、市町村にも避難者にも周知されていないことから、あらためて県からの周知徹底を求めました。また、私たちからもマスコミ関係者に発表しました。

 岩手県も宮城県も避難者への公平性の観点から実施することをすでに発表しています。本県もその方針がわかりホッとしています。


県内で原発被災による痛ましい自殺者あいつぐ                                                      東電清水社長、謝罪しても「全基廃炉」も「人災」も明言せず

 東電の福島第一原発の1号機~4号機が次々と爆発したり火災が発生し、核物質が飛び散り、人体や農産物、漁業被害、そして工業製品まで風評被害が広がって、福島県の経済にも大きな打撃を与えています。

 そうした中で、先月24日、福島県産の葉物などの野菜が全て出荷停止となった直後、須賀川のキャベツ農家の64歳男性が自殺したことがわかりました。党の大門みきし参院議員も国会でとりあげましたが、男性は有機農業と土壌改良にずっととりくんできた方です。原発事故さえなければと思うと本当に無念です。

 また、住民避難区域も広がっています。政府が4月22日に正式に指定したように、第一原発から半径20kmの警戒区域に加え、放射能の積算量が高い飯舘村の全域、葛尾村のほぼ全域、浪江町の全域、川俣町の一部、南相馬市の一部を「計画的避難区域」の指定しました。

 全村民退避の指示が明らかになった直後の4月13日、飯舘村の102歳の男性が自ら命を絶ったことが報道されました。死亡は今月12日とされています。長年農業を営んできた方です。この村で最高齢者、100歳を超えた方がどんな思いで自ら命を絶ったのか、高齢者が村を離れることがどんなことなのか、あらためて考えさせられます。

 また、30代の女性も放射能汚染への不安から命を絶ったと人づてに聞きました。私が知っているだけでも原発事故と放射能汚染で、すでに3人の尊い命が奪われているのです。

【東電清水社長と知事への謝罪と会談のようす、計画的避難区域指定などを報じる4/23     付福島民友新聞】

 昨日22日、東電の清水社長が佐藤雄平知事と県庁で会い、初めて直接謝罪しました。知事が、「原発10基全て再開はありえない」と強く主張したのに対し、清水社長は1号機~4号機の廃炉しか明言せず、5,6号機と第二原発まで含めた原発の廃炉については口を濁したと報道されています。この期に及んでも、全機の廃炉を決断しないとは、県民感情を逆なでするものです。

 21日には菅首相も本県入し、知事や避難所訪問をしていきましたが、避難住民のやりきれない思いに応える話はなかったようです。


本宮市長、二本松市長と原発事故・震災で懇談                              新婦人が放射能汚染などで県教委へ要望

 21日、原発事故と震災被害について、本宮市の高松市長と二本松市の三保市長とそれぞれ市議団とともに懇談しました。

高松市長は、学校や道路に大きな被害が出たところがあること。その被害査定と提出書類は、もっと簡便にしてほしいとの要望がありました。

学校は、新年度に耐震化工事を予定していた学校が地震被害を受けたので改築工事をするが、当面仮校舎を建設してしのぐとのこと。原発事故にかかわる被害では、農産物などに大きな影響がでていること。県内一丸となって国や東電に迫っていくことは大事なことだと述べました。

また、浜通りからの避難者受け入れでは、年度末で廃止予定だった雇用促進住宅を活用しようと、国にかけあい60戸を確保。すでに予約でいっぱいとのこと。本宮市の対応がすばらしいのは、家財用具もちゃわんや箸まで用意していることです。

  二本松市の三保市長は、臨時市議会の忙しい合間をぬって懇談していただきました。原発事故は、明らかに「人災」であり、第一義的責任は東電にあるときっぱり。農産物、原乳出荷、観光面などにも風評被害を含めて大きな被害を被っている。今後も農業団体や関係団体、市長会でも国へ働きかけていくとのこと。

 ところで、学校敷地内での放射能が3.8マイクロシーベルトを超えた場合は、屋外活動を制限が文部科学省が示したことから、保護者からは強い不安の声が起きています。本県では保育所から高校まで13校あったため、県教委は独自に3.4マイクロシーベルト以上について再調査することを発表しました。

21日、新婦人県本部のみなさんが県教委に対し、学校の震災被害の復旧工事と耐震化、毎日測り最新情報の公表、全教室へのクーラー設置、心のケア対策と教員増、8月1日での人事異動への対応についてなど、子どもに配慮した県の対応を求め要望書を提出しました。

 ガイガーカウンターをあてて校舎内、校庭、花壇を測定すると、校舎内と外、地面からの高さで放射能の数値が大きく違うことがよくわかります。花壇は3マイクロシーベルトでした。

県は、文科省の測定基準に合わせて地上1cmから50cmに変更したようですが、保育所や幼稚園児は砂遊びなどするため、より地面に近いところでの測定値が必要ではないでしょうか。