「わあ、馬場議員さん、よく来てくれたね」                                           顔なじみの町民に会えて馬場町議も笑顔

 10日、きょうも浪江町議の共産党の馬場議員と共に、浪江町民が避難している郡山市内の県立高校と県農業総合センターの避難所を訪ねました。

 

 ある県立高校に行くと、浪江町の職員が常駐していて、体育館内で町民に集まるようよびかけてくれました。馬場議員から避難者に要望を促すと、「温泉や旅館など町から指定されたスキー場などの宿泊所は、市街地から遠すぎて不安。子どもの学校をほぼ決めたあとに、二次避難場所が決められてきたが、順序が逆じゃないか」など、次々と意見が・・・。

 「新しい仕事をさがすにも、他に避難していたら捜せなくなる気がする。まったく知らない土地で子どもたちを通学させることも不安。町の職員が避難所に来て説明をしてほしいし、要望も聞いてほしい」と。

 避難して来て、町民同士が集まってみんなで話合いをしたのは、きょうが初めてとのこと。きょう、馬場議員と町民がつながり、率直にみんなで話合いをしたことで、今後の共通問題が見えてきました。

 個別の事情をうかがい終わると、1人の女性がそっと寄ってきて涙でいっぱいになりながら切ない思いを打ちあけてくれました。

  県農業総合センターでは、馬場議員と聞いてびっくりされ、「馬場議員、久しぶりだね。よく来てくれた。会いに来てくれてうれしいよ」と、顔見知りの酪農家夫婦にも喜んでいただきました。私も何度か炊き出しなどでお邪魔して浪江町の方がいるのを知っていたので、ようやく実現できて肩の荷が少し降りた気がします。地縁・血縁は、何と言っても強いのですから。

 

 要望を述べていた方が最後に涙ながらに訴えられました。「私たちが一番望んでいるのは、仕事をしたり、学校に行ったり、病院に通ったり、そんな普通のくらしをしたいだけです。ただ、それだけなんです・・・。せめて、それに近い形になるよう、ぜひお願いします」と。

 今度の大震災と原発事故で、この地域の絆、これまでのあたり前の生活がすべて断ち切られ、避難所も転々と移動させられている。今後の生活の見通しも立てられない。そのやりきれない怒りをどこにぶつけたらいいのか。

 最悪の原発事故が起きたことが、根本原因です。これが困難さを増幅しています。東電と国に、全面補償を!の声をみんなであげていきましょう。