県議会の災害対策本部でヘリで被災地を現地視察                                                           県内の避難者は8万5,000人以上          

7日、県議会の災害対策本部で被災地の現地視察を行ないました。自衛隊の大型ヘリを借りて空中から浜通りの海岸線の集落をみました。

防護服を着せられて、郡山陸上自衛隊駐屯地をヘリで出発し、福島県と茨城県との県境の勿来へ。そこから北上し、勿来共同火発、小名浜港、いわき市の美空ひばりの歌碑がある塩屋崎灯台へ。その先から原発避難区域の20キロ~30キロ県内の半円を避けるため、内陸側に入りました。

 

   

          【塩屋崎灯台(上)付近は無事でしたが、北側の海岸線(下)は津波被害の惨状がありありと】

 

 宮城県境の新地町と相馬市の上空から海岸線や漁港をみると、宮城県の三陸や陸前高田市と同じように、津波被害で壊滅的な打撃を受けたことがわかります。風光明媚な松川浦も津波で壊滅状態でした。   【家屋も人も農地も、津波に飲み尽くされて】  【相馬港と原釜漁港も壊滅的打撃】     

 

 

 

 県のテクノカレッジ浜(浜技術専門校)のすぐそばの空地にへりは無事着陸。約1時間半の飛行でした。テクノカレッジ浜で、おにぎり弁当の昼食をとったあと、同校で相双振興局から説明を受けました。

                        

【相馬市内の街があったはずなのに、瓦礫と化して】

 議会のマイクロバスで、南相馬市内、相馬港、相馬市内をめぐりましたが、どこも町全体が瓦礫の山で手つかずの状態。あまりの惨状に言葉もありません。

 重機が入っていたところも、遺体が中にあるかもしれないため、皮をはぐように少しずつ少しずつ作業していました。場所によっては、県警の捜索隊や地元の消防団がドロの中をさぐっているようすもみえましたが、まだ始まったばかりです。誰かを捜している夫婦の姿もありました。

 災害復興をどうすすめるのか、原発事故の収束は? どちらも福島県に大変大きな課題であることを実際にみてあらためて実感しています。