水素エネルギ―はエコでクリーンか~県議団主催の学習講演会にご参加を

お知らせです。7月13日、共産党県議団主催で水素エネルギーについての学習講演会を開催します。どうぞ、お気軽にご参加下さい!


郡山市議補選で斉藤のぼる候補健闘

16日投票で行われた郡山市長選と市議補欠選挙は、共産党が支持したはまつ和子氏は、出口調査の結果は投票締切後の8時すぎに判明し、残念ながら現職の品川氏に敗れました。浜津和子氏は33,363票、品川氏は67,354票。投票率は、前回をさらに下回り過去最低の38.04%でした。

一方、定数2の市議補欠選挙は、共産党の斉藤のぼるさんが4位の13,783票を獲得しましたが、残念ながら及ばず。この得票は昨年の参院比例票を上回り、私の県議選の得票より少し上回りました。

当選は、民進党の公認で今回初当選した渡部りゅうじ氏と保守系の馬場だいぞう氏でした。

斉藤のぼるさんは、2年後の本選で交渉会派の市議団4人をめざし奮闘する決意を表明しました。翌日の朝の宣伝も高橋市議、私、支部のみなさんと元気いっぱい訴えました。

 


浪江町議選がスタート

13日、浪江町議選が告示されスタート。23日が投票日です。馬場績(ばばいさお)町議が9期目の挑戦です。双葉郡唯一の党議席です。

二本松市安達町の石倉復興住宅前で第一声。復興住宅の浪江町民や支援者らがつめかけました。県議団から私と宮川県議、吉田県議の3人がかけつけ激励の挨拶。そのあと、3人で二本松市内で街頭宣伝。

今年、3月末で帰還困難区域を除いて解除されたため、仮設住宅にも住民はまばらになり、県内どこに浪江町民がつかめない状態のかつてない困難な選挙戦です。これは、県外でも同じです。浪江町民をお知り合いの方、ぜひ支持を広げてなんとしても再び議会へ馬場さんを送ってほしいと思います!


開成山公園南の「種橋桜」~持ち主の種橋さん、開花をみて永眠

開成山公園南の県道沿いにきれいな枝垂れ桜「種橋桜」が今年も開花しました。郡山市内で一番早く咲く桜です。その開花を待っていたかのように、持ち主の種橋清子さんが91歳の生涯を閉じました。10日の告別式に参列しました。

この種橋桜は、県道歩道拡幅の際、いったんは「切る」という判断があったのですが、やめてほしいと種橋さんの友人と一緒に私も県中建設事務所に要請に行き、検討の結果、存続となった桜でした。

母が最後にこの桜の開花を見てから亡くなったことは幸せだったと思うと、喪主の息子さんの言葉に救われた思いです。桜の季節の観光名所、「種橋桜」をこれからも見守っていきたいと思います。

午後は、県立郡山高校の入学式へ。県議会を代表し、議長の祝辞を代読しました。


会津湯川村議選、女性の新人片桐さんが当選!

9日投票で行われた湯川村の村議会議員選挙で、日本共産党は新人の片桐英子(ひでこ)さんが、定数10の中で第4位で当選しました!

私も告示日の第1声にかけつけ支援に入りましたが、片桐さんは、村の保健師として31年間活動し、村民の健康づくりなどに尽力してきた方です。

定年になったばかりですが、今度は政治の場から村民のための村政づくりに力を尽くしたいと決意され、みごと小林村議からのバトンをつなぎました。介護や子育てなど、村民にとってはやさしく心強い女性議員の誕生です。


郡山市長選挙と市議補欠選挙がスタート

郡山市長選挙と市議補欠選挙が9日に告示されました。16日が投票です。

共産党は、市議補欠選挙の定数2に4人が立候補。共産党は斉藤のぼるさん(60歳)を擁立しました。党市議団が3人から4人になれば交渉会派入りとなり、発言力も増し議会の運営に直接関わることができます。そして、子育ても老後も安心できる市政、暮らしを応援する市政をつくりたい。

市長選挙は新人の浜津和子さん(元市職員、元市議、63歳)を支持してたたかいます。浜津陣営とは、わが党の政策提案が合意され「覚書」を交わしました。浜津候補は、女性の目線で、市民のくらしや子育て応援、学校給食の無料化などを公約に掲げています。県議の私が、共産党郡山安達地区委員会を代表して、激励の挨拶を述べました。


県立テクノアカデミー郡山の入学式

7日、テクノアカデミー郡山(職能開発短大の専門課程・職能開発校の普通課程)の入学式でした。

写真は校長室に飾られていた生徒の作品です。バラの花がこんなにきれいに!よく見るとカンナで削った薄い木の皮、見事です。慣れてくると2~3分で一輪のバラの花ができるとか。


郡山市立宮城小学校の入学式へ~8人の新1年生

6日、私の母校、郡山市立宮城小学校の入学式でした。ピカピカの1年生は8人です。

校長先生から教科書、明るいまちづくり推進員会からは黄色の帽子、交通安全母の会からは布の手提げバッグが贈呈されました。

 


前進座「怒る富士」と原発被災の福島県民

3/31、郡山市民文化センターで前進座が「怒(いか)る富士」を上演しました。この作品は、新田次郎の原作です。宝永山が噴火して富士山麓の村々が灰に埋もれ、時の幕府は廃村とし、棄民政策をとるのですが、それにあえぐ農民たちと、彼らを守ろうと命を懸した関東郡代・伊奈半左エ門との物語です。

私は、以前にも前進座のこの作品を国立劇場で観劇しています。しかし、今回ほど伊奈半左エ門が直訴した時代と、今まさに福島県民に現実に起きているとぴったり重なっていると感じたことはありません。

上演された3/31は、広野・川内村や県外の自主避難者への住宅提供が打ち切られた日であり、大熊町・双葉町を含む帰還困難区域を除いてすべての避難区域が解除された日です。飯舘村、川俣町山木屋地区、浪江町は3月末に、富岡町が4/1に解除されました。しかし、住民説明会では「時期尚早」との声が上がっていました。安倍自公政権は、原発事故から丸6年を経過したことをもって「福島県民切り捨て」を実行したのです。

伊奈半左エ門が幕府に直訴する場面は、私の2月県議会の総括質問を思い出しました。伊奈半左エ門も訴えていましたが、私も仮設住宅の打ち切りは、決して強制的な退去としないよう、人道的な対処をと県に強く求めたばかりでした。その一方で、県は国と一体になって、復興の名の下、「イノベーション・コースト構想」で約700億円を新年度予算に計上。研究拠点の各施設整備費にも多額の国費が投入されました。これらの金額を明示させ、県の姿勢を追及しました。

ところで、2月県議会で自民党は、代表質問で原発事故は「天災だった」との所信を述べたのです。しかし、2012年12月県議会で、前佐藤雄平知事は「今回の福島原発事故は、人災だった」との認識を答弁しています。私たち共産党は事故前から地震・津波対策を何度も国・東電に申し入れていたこと、前知事のこの答弁を指摘し、自民党の認識の後退を厳しく批判しました。7年目に入る福島の自民党の姿です。


郡山市内に11番目の新駅「JR富田駅」が開業

4/1、郡山市富田町と冨久山町八山田の間に、JR磐越西線の新駅・富田駅が88年ぶりに開業しました。旧県農業試験場内に県が建設した医療機器開発支援センターのそばです。式典には、岡田市議も一緒に参加しました。

冨久山町八山田地区と喜久田町に住宅地がどんどん広がっています。実は、この駅の設置は国鉄分割民営化が実施される前から国労分会の中でわが党の同志が提案し、国労全体の要求になったのが最初でした。40年以上前です。